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死ぬって、人生の一番最後の一番大きなチャレンジ

がんは、ものすごく進行の早い場合、一年足らずでなくなってしまうこともありますが、進行がそこまで早くない場合、数年生きられることもあります。この数年という単位は5年、6年という単位です。

そして、たぶん、日本やアメリカは今のところ有効と言われて、使っているプロトコールや薬にがんが反応せず、もう、打つ手はない、という状況でも、割と簡単に国内で実験的治療に参加することができます。(賛否はぬきとして)

カナダは、そういう実験的治療のできる病院が少ないため、まず、両親にもう、ここでできることはない、ということを伝えて、そして、実験的治療をやっている病院を調べて、そこに行きたいかそれとも、ここで楽しい余生を過ごせるようにする道を選ぶか、選んでもらいます。実験的治療をやりたくても、そのがんのそのリサーチの枠が空いてなければできないこともよくあります。
アメリカでリサーチ病院で有名なのはST JUDE HOSPITAL。またカナダ国内ではトロントやモントリオール内だと、フランス系の病院に行くことになります。

私ととても仲の良かった女の子は、これ以上の治療には進めませんでした。私たちは、彼女がまだ本当に小さいころから、今はすっかりお姉さんになるまで、の仲です。具合がわるくなってから、入退院を繰り返しましたが最期は家にいたい、という希望を尊重しました。先日会った彼女はすっかり弱ってしまっていましたが、意識は晴明で、いつものちょっと不機嫌な彼女。生きている仏さまのようでした。山ほどの試練を乗り越えてきたその魂はとても美しくて、小さくなってしまった体の中で光輝いています。

Est-ce que je peut te donner une bizous?
キスしてもいい?

ときくと、うん、といってくれたので、その額にキスしました。これがきっと、この子に会える最期だ、と乾いたおでこに唇をつけながら思いました。 あなたがこれから見たかもしれない将来、あなたが生きられなかった分、私が見ておくからね。ずっと忘れないよ。と心の中で話しかけながら小さなキスをしました。

数日後、仏様のような彼女が天国に行きました。

今まで、たくさんの天使を見ました。

でも、仏様を見たのは、初めてでした。

死ぬ、
という人生の一番最後の大きな難関を美しい魂のまま乗り越えていった彼女でした。

あの仏様のような彼女の最後の姿を私はきっと忘れません。

そして、一緒に過ごした数年間の思い出の切れ端が、時々思い出したように病棟のあちこちに表れて、そのたびに、私は泣きそうになってしまうのです。





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猫は九つの命がある。Cats have nine lives

子どもの看護師になってもう15年がたちます。
そのなかで、とってもびっくりすることに出会うことが、たまーにあります。

もう絶対だめだよな、と、みんなが思っても、その状況からよみがえる子供たちがたまに、いるのです。
奇跡、とか、そういうきれいな言葉は、そういうときって、出てこないんですよね。
もう、びっくりしたのと、うれしいのとで、ただただ、笑いたくなる。

そんな出来事がありました。
九死に一生を得る、といいますが、そんな状況を2度も体験して、よみがえった子がいました。
みんなが、「あの子はもうぜったい猫だよね」と、いうので、
どうして、猫なの??と聞くと、
英語を話す人たちは、Cats have nine livesといって、猫は九つの命がある、って信じているんだそうです。
だから、こうやって何度もピンチを切り抜けてサバイバルする人たちをみると、そういうんですって。

確かに、猫は、結構いろんな状況を切り抜けますよね(笑)

緩和ケアをやっていると、ごくごく稀ですが、こういうことがあります。

DNR(Do Not Resuscitated) はどんな状況にあっても救命治療をしない、というオーダーです。
そのDNRからサバイバルする子たち。それが2度も続くと、本当に、びっくりしますよね。

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it was very peaceful 安らかに亡くなったよ。

緩和ケア、英語ではPalliative Careといいます。
この緩和ケアの最終目的は子供にも、家族にも安らかな死です。

数年にわたって緩和ケアを行う時も、また一日でおわったこともあります。

期間の長さは関係なく、キューブラロス氏が「死ぬ瞬間」に書いたように、死を受け入れるプロセスは、
否認、怒り、取引、抑うつ、そして、受容。 このプロセスをたどっていきます。

そして、死が目前まで迫ってくると、受容、の過程にたどり着き、いつも、必ず、子供とその家族と静かな時を過ごせることができるのです。これほどの、尊い、美しい時間はないな、と、いつも思います。
もう、家族も、私たちも、涙は枯れ果てて、そして、子どもたちは、眠っています。
その周りで、たくさんの家族が、それとも、とても近しい家族だけが、また、お母さんだけが、私たちだけが、という時もありました。
最後の最後の時間をどん欲に、安らかに、最後の一秒まで味わうのです。

思い出話をすることが多いです。
すべての悲しみを、一緒に乗り越えたもの同志、もう涙を超えて、笑う声さえ出てきます。
少しのワインを持ち込む家族、
その子が赤ちゃんだった時の写真を見せてくれたお母さん、
その子が大好きな歌謡曲をCDでかけて、お母さんが歌いだすと、意識のないその子が、いきなり片腕を挙げて、踊るようなしぐさを始めたこともありました。

お父さんとお母さんに挟まれて、静かに頭を撫でてもらっていた子。

家族に見守られて、「明るい光のあるほうに行くんだよ。もう、いってもいいからね」と、お母さんに声をかけられながら逝った子。

大好きなお母さんに抱っこされて、お母さんに大好きな歌を歌ってもらいながら、そのお母さんと赤ちゃんをお父さんが後ろからしっかりと抱き留め、見守られて亡くなった赤ちゃんもいました。

最期は、それまでに、どんなに大変なドラマがあっても、最期はたいてい、安らかなのです。

そして、子どもたちが逝った後、同僚同士で、「どうだった?どんなふうに亡くなったの?」と聞きあうとき、ほとんどの場合が、

「It was very peaceful, 安らかだったよ」

という答え一つに落ち着きます。


そんな悲しい別れが、今日もありました。






キューブラロスの「死ぬ瞬間」ここで買えます。






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緩和ケアを奨励することは、死ぬことを強制すること?

日本の小児病棟でずいぶん前にナースをしていたとき、緩和ケアという概念がまだない時代で、医療従事者的には、楽といえば楽でした。最後の最後は、呼吸器につながれるので、意識もなく、とにかく、できるだけの積極的な治療をすればいい、という時代でした。

カナダにきて、緩和医療、ということがあることを初めて知りました。
それから、数年間、この緩和ケアという考え方に頭をシフトし、まず、自分自身が死をこわかがらなくなるまでかなり時間がかかりました。だいたい、「死ぬという言葉」を会話でダイレクトに言えるようになったのがここ数年です。

「死んだらどうなるの?」という質問に、自信をもって、答えられるようになったのもここ数年です。

答えは、それぞれあると思うので、書きませんが、

人種のモザイクモントリオールでは、イスラム教にも、キリスト教にも、仏教にも、そして、私の大和魂にも、反しない答えを見つけるのにだいぶ試行錯誤し、いろいろな経験をしました。で、思ったことは、こうして試行錯誤したってことが大事だったんだ、ということでした。

そして、そんなある日。もう、3年は緩和ケアをしているある子のお父さんに、言われました。彼は、イスラム教徒です。
「なんだか、毎日毎日、この子が生きるのはもうあきらめろ、死なせろ死なせろ、って強制されているような気がする。私は、もし、少しでも可能性があって、それをやらないで、この子を死なせてしまったら、一生罪の意識を背負って生きていかなければいけない」

この子のお父さんは、診断がついてからの5年間、常にメインでこの子の面倒を見てきました。ほかにも兄弟姉妹がいるため、お母さんはほとんど、病院にこれず、通院も入院も、フルタイムで働くこのお父さんがメインでしています。


緩和ケアは、痛みを取り除き、生活の質を上げ、楽しく最後の日々を過ごせるように、というのがその目標です。
そして、その主役は患者さんです。
でも、小児の場合、主役が患者さんで、そこにとても大事な脇役のご両親がいます。

また、答えの見えない壁にぶつかってしまいました。








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死後の世界はあるのか

たまに、インターネットで日本のテレビをみます。

ホンマでっかTV  今日のテーマは「死後のせかいはあるのか」

心理学者の植木先生がいっていたのですが、
「死」の体験が多い人ほど死への恐怖が少ない。
この「死」の体験というのは、娘時代が終わって、大人になる、とか、結婚するとか、何かを人生の中であきらめて違うステージや違う状況に代わる体験、のことを言うそうで、そいういう経験が多い人ほど、実際の死に対する恐怖が少ない。
だから、70歳の人は10代の子どもに比べたら死への恐怖が少ない。そうです。

ある思春期の男の子が、進行の早いがんで亡くなりました。
死をもう避けられない、と、わかったとき、その子が泣きながらみんなに訴えました。
「こんなの不公平だ。僕はまだたくさんやりたいことがあるのに、なんで死ななきゃいけないんだ。こんなの不公平だ」

そして、特に思春期の子がなくなるときは、「怖い」といいます。
チンピラのような暮らしをしていた男の子も、ずーっと肩で風をきって、強がってきたのに、最後の最後は、
「怖いよ、本当に、俺怖いよ」と、泣きながら訴えてきました。
手を握って、「大丈夫。大丈夫だから。怖いことはないから」ということしかできませんでした。

仕事がら、子どもたちから、「死んだらどうなるの?」と聞かれます。
この質問、この仕事を始めたばかりの時は、「そんなのわかんないよー」(でもいえない)一番困る質問でした。
「うーん、わかんない」これが精いっぱい。

死を目の前にしている子どもたちに、ものすごいひどい答えだったな、と思います。

またホンマでっかTVに戻りますが、キリスト教、またはイスラム教の国では死後の世界があるのはもう常識、あたりまえ。
死んだら天国にいく、と、いうのが常識なんだそうです。
たしかに、カナダはモントリオールはカトリックが多いので、「天国にいく」と信じている人もたくさんいます。

私は、ずーっと、死んだら無になる、と信じていました。
だから、あんな中途半端な答えしかできなかったんですね。

ところが最近、私も、死後の世界があるような気がしてきました。
たくさんの子どもたちを見送って、そして、ただ感覚的に、死んだら、魂はこの肉体という車みたいなものを離れて、
ふわふわと自由になって、どこかとてもいいところに行くんだろうなあ、という気がします。

だから、今は、堂々と言います。
「死んだらね、光がいっぱいあるところに行くんだよ。もう痛いことも苦しいこともなくて、そして、そっちにもう言っているおじいちゃんやおばあちゃんに会うんだよ。そして、私たちもすぐにそっちに逝くから、すぐに会えるよ。そっちの時間はすごく早く立つんだよ」
と。

この本、とても勉強になります。
キューブラロス  死ぬ瞬間
紀伊国屋で買えます。


英語ですが、この本もとてもいいです。
Whole person care by T Hucthinson
和訳も出る予定!早く出てほしいです。

英語版は紀伊国屋で買えます。



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oriental nurse

Author:oriental nurse
子どものがん看護、緩和ケアをモントリオールで追求しているオリエンタルナース(東洋人ナース)です。

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