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キャンプ

アフリカを10年前に旅して以来のキャンプ。久しぶりにアフリカの旅の時にお世話になったツアー会社のサイトもみてしまいました。

on the go tours

http://www.onthegotours.com

にわかキャンパーは、テント、鍋、バーナー、寝袋、と最低限なものを揃えて出掛けました。

いった先はcamping lac magog
http://m.campingunion.com/fr/sherbrooke-lac-magog?version=mobile

犬もokな湖ぞいのキャンプサイト。





トイレもきれいだし、よかったです。

一日目カレー、二日目チキン。

日本やアフリカでは火を起こして料理してましたが、カナダはどうやら、火はキャンプファイアー的な用途のみ。携帯コンロで調理でした。今度は炭が使える携帯BBQを買おうと決めました。

自然のなかで、限られたものでやりくりし、土に近いところで眠るキャンプは、やっぱり最高。

ジュリエッタも、たのしんだみたいでした。

マゴグのまちや、sherbrookeのまちにも足を伸ばしました。

またいきたいけど、もう夏は日本帰国と、恒例になりつつあるモントランブランの避暑で終わってしまいそうで、来年までお預けの予感。

ケベックの夏は何て短いんだー

初日に濡れた地面にすわるのをいやがってテーブルに陣取ったジュリエッタ。

夏のドライブ

ドライブ練習中です。

ケベックや東海岸をもっとみたいのと、

キャンプに行きたいのと、

スキーに行きたいので、

練習をがんばっています。



今日は、Montebelloからoka parc nationalの方へドライブし、そして、キャンプ用品をそろえたり、キャンプの下見をしたりする。

新発見。

運転が好きだ!

バルセロナ3日目 ガウディ

バルセロナといえばガウディ。

ネスカフェゴールドブレンドの宣伝でもやってた、サグラダファミリアや、ガウディの設計した家や庭、置物などを

めぐるガウディの一日。



サグラダファミリアは、中に入りたいときは、インターネットで事前にチケットを買っておかないと、2時間待ち、3時間待ち、4時間待ち、は覚悟しないといけないです。チケットを買うのに2時間待ち、そして、入場できるのが2時間後、という結果だった私たちは、あっさりと中に入るのをあきらめました。


サグラダファミリアは、想像していたよりもインパクトも荘厳さもなく、がっかりしました。私は。


ガウディの当初のプランとは今はだいぶ変わってしまっている、とのことでしたが、ガウディもがっかりしているのかな。

最終日に、ライトアップされているサグラダファミリアも見に行きましたが、やっぱり、それもがっかり。

ライトアップは21時45分くらいから始まりました。何しろ、暗くなるのが21時ころなのです。


ガイドブックに、スペイン人はお昼を14時くらいに食べて、シエスタというお昼寝をして、お店も2時間ほど閉めて、

そのあと、20時ごろまで働いて、22時くらいに夕ご飯、とあって、なんてゆっくりしているひとたちなんだ、とおもったのですが、それはここに来るとよくわかります。冬の間は知りませんが、まだ4月なのに、暗くなるのが21時過ぎ。21時過ぎまで、昼間なので、活動ができてしまう。おなかもなんとなく持ってしまう(タパスは食べるけど)

3日目からすっかりスペイン人のようになり、行動開始は12時くらい。行動終了真夜中以降。

ただ、私たち二人とも胃があまり大きくないので、こういう行動をすると、一日2食とスナックしか食べられなくなってしまい、それが残念でした。スペイン人が夕食前に軽くつまむタパスを食べると、もう、私たちはそれが夕食になってしまう。という体たらくでした。


そして、パークグエルというあのガウディのドラゴンがいる公園。

ドラゴンと家を見るにはひとり7ユーロくらい払い、やはり、ここも入場制限のため、2時間まちでした。

ただ、待っている間に、無料の庭園を散歩できます。

庭園と言っても山一つ分。すっかりハイキングのような散歩を楽しみました。

結構迷って、バルセロナの住宅を眺めたりして。


そして、待ちに待ったドラゴンと、おうちは、これまたがっかりでした。

うーん、私はいったい何をガウディに期待していったのだろう・・・・。

パートナーは、もう、ガウディはたくさんだ、と。


数日バルセロナにこの後過ごして思ったのは、この土地は長い間、フランスやオーストリアの権力争いにまきこまれていて、バルセロナの住人であるカタラーニャ人が政権を取って自治をした時期はほとんどないのです。その後近代にはいってからも、内戦、第二次世界大戦、と、本当に落ち着かない場所だったようです。
フランスと隣り合わせというのは、あまりうれいしいことではなかったようです、当時は。

そんな弾圧に反抗して出てきたのがガウディの時代のアナーキストたち。ガウディはアナーキストではないのですが、
カタラーニャの人たちにとって、反フランス、オーストリアはやっぱりう、るしかったのかもなあ。

Jardins d'Akemi あけみさんの庭

モントリオールのゴッドハンドマッサージ師に、ケベックとアメリカの国境の近くに、小さなファームをもって暮らしている、
日本人のあけみさんのところに連れて行ってもらいました。

lesjardinsdakemi.fr.gd

PEI(プリンスエドワードアイランド)を思い出させる、モントリオールの都会の喧騒からはかけ離れた、静かなガーデンファームで、あけみさんの手料理をいただき、庭を散策させてもらいました。




苗も売っているそうです。

あけみさんと旦那さんの住む家は1800年代に建てられた古い家。

当時に使われた、大きな木の柱がところどころむき出しで見える、アメリカ開拓時代を思わせる家や納屋。

野生のニンニクや、あけみさんがそだてている、野菜、植物が自然の中でのびのびと育っていました。

私も、去年から大きく開拓を始めた(妹がやってくれた)自宅の庭に植えるのに、苗を分けてもらいました。

あけみさんが育てている、鶏の新鮮卵も買えます。


引退したら、田舎に家を買って、植物育てて暮らしたいなあ。

って、カナダにまで来て、ナースになって、最後に行きつくところはそこか、と、自分でつっこみたくなった。

そんなら、日本にいて、ナースやってて、引退して、実家にかえって畑やればよかったじゃん、みたいな。

これぞ、チルチルミチルの、「青い鳥」の教訓ですねえ。


引退する前に、まだまだやりたいことは、山ほどあるけどね。

バルセロナの歴史をフレンチカナディアンと語る

最終日、なんとなく、成り行きで、昔のお城の跡に、行きました。

そこで、入場の時にもらったパンフレットがフランス語でした。

私は、頑張れば、フランス語は読めるのですが、頑張るのが嫌な時は、英語。で、英語のパンフレットをお願いしたら、

もう残ってない、とのこと。仕方なく、フランス語で、そのお城の歴史、つまり、バルセロナの歴史を読み始めたのですが、

青い海、青い空、そして、素晴らしい緑に囲まれた、昔は、いろいろと嫌なことばかりあったのでしょうが、今は、観光名所としてとても素敵な、お城、というか、砦といったほうがいいかな、で、フランス語を読むなんて、いやになって、パートナーに読んでもらいました。

結果、フランス語で読み聞かせてもらい、英語に同時通訳してもらう、という、豪華読み聞かせツアーつき。

読み聞かせてもらうなんて、本当に何十年ぶりだろうなあ。

読み聞かせてもらうって、とても、いい気持ちです。

ただ、読み聞かせてもらう内容は、最悪。

バルセロナは、オーストリア、フランスにほとんど植民地扱いをされていたこと、

それが終わった後は、アナーキストたちの、思想支配があったこと、

この砦は、そういうわけで、バルセロナの人たち、(カタラーニャ人)が沢山拷問や、虐殺を受けた場所だったこと。

パートナーは、フランス系の移民です。当時のフランス人はあまりほめられたものじゃないね、という話をしました。

フランス系カナダ人、いろいろと、自分の先祖に対して思うところがあったようです。

まったく違う歴史を背負っている人と、人生を分かち合っているんだなあ、と、バルセロナの歴史を読み聞かせてもらいながら思いました。

そりゃあ、価値観も違うわけだ。

そうして、山ほど、違う歴史を背負ってきている、民族を一気に引き受けているモントリオールは、ものすごい懐だ。
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プロフィール

oriental nurse

Author:oriental nurse
子どものがん看護、緩和ケアをモントリオールで追求しているオリエンタルナース(東洋人ナース)です。

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